SDGsと企業経営(5)SDGsと事業戦略

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SDGsと企業経営(5)SDGsと事業戦略

岸 和幸:キシエンジニアリング㈱代表取締役、㈱ コンサルティングアソシエイツ・コンサルタント

目次
-未来観が求められるSDGs経営
-Vuca時代に適したバックキャスト
-300年続くDNA設計を目指す

-SDGs経営を進めるオペレーション
-未来企業に必要なもの
-インスパイアの力をもつ
-未来の共創


「未来観が求められるSDGs経営」

『IPCCが2018年発行した「1.5℃特別報告書」は、今世紀末における世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃より抑える程度では世界にもたらされる被害は大きく危険で、世界の経済が被る打撃も甚大となることを示しています。気候変動の激甚化、森林など自然資源の破壊、水資源に対する悪影響など、我々を取りまく環境は緊急の対応と行動を要する事態となっています。(中略)
企業が長期気候シナリオに基づく分析の成果を事業や戦略に統合すること、また資本市場においてこうした気候戦略を統合した経営の情報開示が主流となることは、世界の金融市場の安定化はもとより、持続可能な低炭素型の投資と社会への移行を加速し、気候変動の緩和につながります。』

これは日経ESGのインタビュー記事(2019.7.22)でポール・シンプソン氏(CDP CEO))が語っている言葉。まさしく「地球環境待ったなし」の状況に入りつつある中、企業は気候戦略を含むSDGs経営の推進に向けて、どの様なビジョンを描いて舵をとっていくのかを社会から注視されています。しかし残念ながら、日本企業のビジョンを見ると、その多くは事業に参画する人にとって共感しにくいように思えます。SDGsのゴール=2030年。この時点の未来がどの様な姿になっているか、自社はどの方向を目指すかという、自社の「未来観」が伝わってこないのです。

「未来観」を持つには、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の中、従来の「フォアキャスト」(現在地点に立って過去の情報を基に将来の姿を予測)のアプローチではなかなか難しいものです。そこで「あるべき未来」を具現化させる経営手法「バックキャスト」を用いる企業が、段々と増えています。

「VUCA時代に適したバックキャスト」

 筆者は、リコーグループで環境経営推進に携わっていた2000年代当時、2050年の長期経営ビジョンである「Three Ps Balance」(環境・社会・経済が調和している世界)の策定過程で、「バックキャスト」を知りました。2050年の未来から現在へ至る長期的な経営の道筋において、2030年に達成するべき目標も定め、3年毎の「中期環境行動計画」を策定。現在を起点とする積上げでは達成が難しい2050年の「あるべき姿」を実現させるには、この手法は大変有用であると感じました。後に知った米国・アポロ計画の「ムーンショット」からも、人を動かす理念とその実現方法がいかに大事であるか分かりました。(図1)


(図1)「Three Ps Balance」

一方でSDGsが世界の共通言語となった現在とは違い、その当時は温暖化防止自体に未だ及び腰な企業も見られた時代であり、バックキャスト型での環境経営は話題を呼び議論にもなりました。しかし内外からの批判や懸念の声をものともせず、強いリーダーシップを発揮した(当時の)桜井正光CEOと谷達雄・社会環境本部長の姿は見事でした。そして、このリーダーシップによって示された方向性は、各部門に共有されながらグループ全体での積極的な環境経営推進へとつながっていったのです。

長期を見据えたバックキャストでは、自然と視点が遠い未来に向き、日常業務では関連性がないと思っていた領域にも関心がいくようになります。組織内で自由につながりの可能性を発想し、どんな未来を具現化したいかという能動的な思いを出し合って具体化させてアイデアを統合し、経営トップの思いも交えることで共感しやすいビジョンと中計が立て易くなります。共感を得た計画は、行動が進んでいきます。

「300年続くDNA設計を目指す」

 現在、長期経営のビジョンを掲げる国内企業の例として、ソフトバンクや日本電産などが挙げられます。創業者の孫正義氏が率いるソフトバンクグループは、創業30年の節目である2010年に「ソフトバンク新30年ビジョン」を発表。その内容は、次の30年も引き続き「情報革命で人々の幸せに貢献」し、「世界の人々から最も必要とされる企業グループ」を目指すというもの。
『創業者の私の最も重要な役割は、最低300年続くソフトバンクグループのDNAを設計することです。大きな方向性を定め、その方向性に向かってたゆまぬ努力をすることが一番大切。そういう意味では30年というのは単なる一時期でしかなく、創業からの30年は300年の中での第1チャプター、次の30年というのは第2チャプターにすぎません』。現代日本を代表する経営者の超長期を見据えたバックキャスト型経営から、構想力の凄さを感じます。

この新30年ビジョンでは、階層の一番上に経営理念「情報革命で人々を幸せに」を置き、その下に同グループが実現したい30年後、300年後の世界として「世界中の人々が幸せに豊かに暮らす社会の実現」をビジョンとしています。これに基づく事業ドメインが「情報産業」であり、SDGsの注力テーマとして「情報化社会の推進」「次世代育成」「高齢化社会への対応」「環境・資源対策」「災害対策・復興支援」の5項目を挙げています。時代推移の時々に、世界で最も優れている企業とパートナーシップを組みつつ、300年という超長期スパンでの成長を目指していく同グループの戦略。パートナーシップに何を求めるかを明らかにし、共感できるパートナー組織と協働していくことは、SDGsをより推進させる上で大切なことです。

「SDGs経営を進めるオペレーション」

 日本では従来多くの企業の現場で、行動計画に基づく実施オペレーションは「PDCA」サイクルが主でした。しかし、本社系が計画立案した時点の状況判断が、現場に下ろされて実施となるため、途中で状況が変化し現場との乖離が発生しても防ぐのが難しいという弱点があります。そこで最近は、「OODA(ウーダ)ループ」が注目されています。同ループは、「観察(Observation)・情勢判断(Orientation)・意思決定(Decision)・行動(Action)」の四段階で目標達成を目指します。市場・顧客の状況を観察し把握することを重視して、情勢判断・行動の基にします。同ループは、トップダウン型でなくボトムアップ型の計画ですが、情勢に応じて計画を途中変更することが可能なため、現場のモチベーションアップにつながるという利点から、SDGs推進には適したオペレーションといえます。(図2)


(図2)OODA LOOPのイメージ図


『循環的に繰り返される性質のものであれば、それを「早めに想定して動く」ことで対応可能です。よく言われる「PDCAを高速回転させる」というのが、これに当たるでしょう。しかし、そのような「想定できる変化」ではなく、「想定できない変化」が起こるのであれば少々話がちがいます。(中略)「すべての未来を計画することは不可能である」。ならば「想定できない変化」にどう対応すればいいかを考える―ここにPDCAを超える新たな経営計画の道筋があります。』(「ビジネスに生かすOODA入門」田中靖浩著、日本経済新聞社)

第4章でフラット&自律分散型の「ティール組織」について、パーパスを大事にし地球環境や社会とのつながりに目をやり、その課題解決を目的化して事業活動していると紹介しました。OODAループとは相性が良く、『今すぐ日本企業がやらなければいけないことは組織そのものを変革させ、「OODAループ」を回せるフラットな自律分散組織に移行させなければならないということだ。注意すべきは、だからといって既存事業が不要というわけではないことだ。両方が必要なのである。「両利きの経営」理論では、既存ビジネスの「深化」も必要としている。既存事業で生んだ資金をイノベーション事業に投資するためにも「両利き」である必要があるし、すべてをOODAループで行うことはできず、PDCAサイクルも必要である。』(CIO賢人倶楽部2019.3.13)との鈴木康宏氏(公文教育研究会・ ICT事業部長)の言葉はまさしくです。

「未来企業に必要なもの」

 ところで、「ワークシフト」で有名なリンダ・グラットン教授は、『優れた企業は株主に十分な利益をもたらすと同時に、世界を視野に入れた目標を持つこともできるようになりつつある』と語っており、企業の業績と戦略について調べた最近の研究結果から、持続可能性に関する目標を掲げている企業は、そうでない企業よりも最終的には業績が上回っていることがわかったといいます。

『世界が脆弱で不安定になっている今、個人・組織・社会が持つ資産の中で最も重要なのは知性と知恵である。最も優れた企業は、数百万人の頭脳が持つ知性と知恵を最大限に活用できるような環境を築いている。(中略)企業は世界を良くするために人々の力を結集させることができる。そのために、企業は資源を搾取するのではなく管理して再開発し、それぞれが競い合うのではなく互いに協力して協調しなければならない。想像力を働かせて考えを根本から改め、まだ明らかになっていない企業の存在能力を引き出す必要がある。』(リンダ・グラットン著「未来企業」ダイヤモンド社)

教授によれば、未来志向の企業は基本的に「サステナビリティ」と「レジリエンス」の大事さを理解しているそうです。そして企業におけるレジリエンスは、①「内なるレジリエンスを高める」②「社内と社外の垣根を取り払う」③「グローバルな問題に立ち向かう」の三つの領域があります。(レジリエンスにはいくつかの意味がありますが、本文では「困難な状況への適応力」という意味合いで使用しています)。このうち②と③について、『日本は、他の経済先進国と比較して、産業や国境の垣根を超えて繋がる力が圧倒的に劣っている』と現状が気になります。

「インスパイアの力をもつ」

 OECD東京センター所長の村上由美子氏は、『例えば、研究開発を異業種の混成チームや外国人と行うことが極端に少ない。日本は世界でもトップレベルの特許大国だが、外国との共同特許申請は、OECD加盟国中最下位レベル。将来性の高い技術分野における特許申請で世界トップ3に入る実力を持っているにもかかわらず、そうした技術を事業化、あるいは商品化する力は、OECD平均以下という評価。』と指摘。そしてその原因は、意思決定プロセスにおける価値観や発想の多様性の欠如にあるとみています。

『ダイバーシティーが目的化している組織では、例えば女性採用の数値目標は達成しても、彼女たちが意思決定に影響を及ぼす立場で活躍しているとは言いがたい状況にあるであろう。異質な思想が共存し、その化学反応から生まれる想定外のシナリオこそ、企業がイノベーションを生むためには必要だ。多様な思想の持ち主の声が、意思決定に反映されなければ、いくらダイバーシティーの数値目標を達成しても意味がない。ダイバーシティーは目的ではないはずだ。』(論座2019.7.24)このことから見えるのは、日本ではこれまで徹底的にHOW(手段)を磨き上げることに注力し、いつのまにかそれを目的化していたという笑えない実際です。

これまでWHY(目指すべき理由)とWHAT(目指すべき姿)無しで成り立つことができたのは、先行する欧米の先進企業が既に表してくれていたからと、山口周氏(ライプニッツ代表)は解説。その上で、『ビジョンに求められる最も重要な要件は、共感できるということ。目的(WHAT)とその理由(WHY)を告げられて自分もその営みに参加したい、自分の能力と時間を実現のために捧げたいと思うこと、つまりフォロワーシップが生まれることで初めてそれと対になる形でリーダーシップが発現する』(「ニュータイプの時代」ダイヤモンド社)とアドバイスしています。まさにインスパイアの力を持てるかが大事でしょう。

「未来の共創」

 2016年に逝去された平尾誠二さんは、ラグビー日本代表の不動の司令塔として活躍し、神戸製鋼ラグビー部GMでした。未来を考え創造に長けていたこのリーダーが発した言葉は、ラグビー以外のスポーツやビジネス、そしてSDGsを推進しようとする組織の全てに通じる本質を表現しています。かつて私も若き頃、ラグビーに汗を流した時期がありましたが、チームでプレーする15人のメンバーはそれぞれ知力体力に異なる特性を有するもので、その個性が強みとして生かされながら組織力にも統合されることで、真の「OneForAll, AllForOne」となります。平尾さんは、『リーダーシップはキャプテンなどリーダーといわれる立場の人間が一人で担うものでなく、その場面、その場面で替わってもいい。完成度の高いチームは、関わる全ての人が「チームは自分のもの」と答えることができる。』と言いました。

『「自分のチームだ」と思えれば、ためらうことはない。相手がどれだけでかくて、獰猛であっても、全然怖くない。勝つという目標を成し遂げるためなら、何でもできる。これは、スポーツでも企業でも変わらないと思う。チームと、それを構成する人間との距離。それがぐっと近づいたとき、そのチームがなし得るパフォーマンスが最高潮に達する。そういっても過言ではない。逆に、その距離が遠くなってしまっては、いくら戦力・戦略・戦術がすぐれていようと、衰退に向かう──これは間違いないことだと私は思っている。』(「人を奮い立たせるリーダーの力」マガジンハウス)

SDGsという人類共通のゴールを目指し、企業が真に解決を目指すならば、多くの共感が得られるはずです。しかし、既存の戦略と戦術に縛られたままではゴールクリアは難しいでしょう。例え表面的にはクリアさせたように見せることができたとしても、組織全体がサステナビリティを理解し、自律的に取り組むことができなければ持続性は持てません。そこで、「ビジョンをしっかり出せば、絶対に個がチームになっていく」と言った平尾さんの言葉が大事に思えます。

SDGsでより大きな効果を出すのに有効とされる「コレクティブ・インパクト」。これは「(企業、NPO、政府、地域社会など)異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題の解決のため、共通のアジェンダに対して行うコミットメント」(井上英之・慶応義塾大学特別招聘准教授)のこと。ビジネスの手法を活用することでソーシャル分野のインパクトを上げる、個々人の価値観やマインドセットの変容を通してシステム的な社会変容を起こす、という特徴を持ちます。

企業においてSDGsを推進させていくには、これまであまり重視してこなかった後者を行う必要があり、外部組織との連携による研修やワークショップ活用などがお薦めです。明確なビジョンの基に、自己と他を受容し、個の特性を活かし合い、協働のチームを形成していく。そして持続可能性につながるCSVを創造し、新たな市場を創出していける企業こそが、未来への存続を社会から認められるのでしょう。



以上

★SDGs関連サービス
https://www.caconsul.co.jp/businessarea/sdgs.html)をご覧ください。




筆者プロフィール
岸 和幸 (きし かずゆき) 
キシエンジニアリング(株)代表取締役、㈱ コンサルティングアソシエイツ・コンサルタント

1965年生。大学卒業後、IT企業で12年間金融保険系のSEに従事。その後、2001年より(株)リコーでシニアスペシャリストとして生物多様性・生態系保全の新規事業開発に取り組む。
(事業ミッション) 企業主体による持続可能な社会の共創
(主な新規事業) 国内・海外での森林生態系保全プロジェクト推進、社員の環境保全
リーダー育成研修、ステークホルダーとの環境コミュニケーション、等
2012年独立。「サス学」(商標登録:三井物産)の開発に参画し、子ども~社会人に至る思考・表現・共創の能力向上に取り組む。「非認知能力」を高める人間学や脳科学の勉強会も主催。 
(主な外部委員、著作物)
・環境省 森林保全活動における民間企業とのパートナーシップ構築方策検討調査委員 2008年 
・企業と生物多様性のイニシアティブ(JBIB) R&D部会長 2008~2010年 
・東北大学 生態適応コンソーシアム運営委員 2009年~2011年
・共著:『企業が取り組む「生物多様性」入門』(日本能率協会MC)

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