不安定で不確か、複雑かつ曖昧な時代において企業が成長していくためには、変化する経済社会に自律的に対応できる人材を育成していくことが必要です。
そのためには、キャリア実現の場である各企業において、それぞれの経営上の課題に即して社員の自律的なキャリア形成・能力開発を促進する仕組みを設け、実行性ある支援を計画的に実施することが求められています。
本記事では、HRカンファレンス2023‐春の講演内容「なぜ、キャリア自律には「越境」経験が必要なのか? 理想的な越境体験の作り方~」を基に、経営者や人事・人材開発部門の方に向けて、社員のキャリア自律促進のための実効性ある支援を実現するため、キャリア自律と越境学習について解説いたします。
【関連情報】
⇒当社が提供している越境学習(異業種交流研修)プログラムについてはこちら
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越境学習とは?
日本の人事部によると、越境学習とは、ビジネスパーソンが「所属している組織の枠組みを“越境”し、異なる環境に身を置くことで新たな視点や学びを習得すること」とされています。
これが一般的な越境学習の理解であると思われます。
もう一つ、越境学習の考え方としてご紹介したい言葉があります。
越境学習の第一人者である法政大学の石山恒貴教授が、越境学習とは「ホームとアウェイを往還することによる学び」であると述べられています。
この言葉から、越境学習とは単に越境するだけではなく、越境先での学びをホーム(自社)に持ち帰って還元すること、そのサイクルを繰り返していくことこそが越境学習であると考えさせられる味わい深い言葉だと思います。
キャリア自律とは?
キャリア自律とは「自身のキャリアを自ら考え、行動することで紡いでいく姿勢」であると考えています。
キャリア自律ができている方は、“キャリアのオーナーは自分だ、自分自身でキャリアを紡いでいくのだ”という考えを持っているように感じます。
例えば、困難な壁に直面した場合でも、当事者意識を持って問題解決に臨んだり、前向きな姿勢で仕事に取り組んだり、自らの課題を明確にして自己研鑽に余念がなかったり、とポジティブな姿勢であるように思います。
一方で、キャリア自律ができていない方は、当事者意識がなく、キャリアは会社や人事異動によって決まるのでその都度与えられた職務に必要な能力を身に着ければよい、といった他者依存の状態に陥っていると考えられます。
なぜ、キャリア自律に越境学習が有効なのか?
キャリア自律になぜ越境学習が有効なのか?ということを、自律、自立、自知の3つの観点から解説します。
①自律
自律している状態であるためには、自己決定感を持っていることが大前提となり、そのためには「選択肢」を知っていることが必要です。
例えば、“なぜこの会社で働いているのか?”と問われた際、“A社、B社、C社と複数ある選択肢の中から自分で選択してこの会社で働くことを決めた”と自己決定したことを認識している人は、自己決定感があるといえます。
自己決定感を持てていない人は「他社に勧められたから」「たまたま入社できたから」「配属されたのがここだから」といったように、選択肢を選んだ理由が他にあり、このような場合は自己決定感がないといえます。
越境学習では、自社外での活動を通してそれまで知りえなかった多くの選択肢があることに気がづく機会となり、自己決定感の醸成に有効です。
②自立
キャリアを考える上で、“○○がしたい、××になりたい”といったように自分自身は何がしたいのか、あるいはどうなりたいのかというビジョンを考えることはとても重要です。
一方で、思い描くビジョンを実現するためには、自分の足で立って歩いて行く能力が必要となります。
業務を遂行する能力であれば、自社の中を歩いていくだけでも身につきますし、同僚との比較などで把握できる部分もありますが、自分自身の能力がよりシビアに明らかになるのが越境学習です。
越境学習に代表されるレンタル移籍や社外出向、地域課題解決研修等では、一定期限内に達成すべきミッションが課されるケースが多々あります。
そのミッション出来栄えを評価するのは自社外のミッションオーナーであり、ご自身のアウトプットがダイレクトに、かつ冷酷な社外の評価基準にさらされる機会となります。
自社内の評価基準とは違う観点で評価を受けることで、気づきを得ることが多々あるでしょう。
例えば、社内では論理的思考に基づいた企画ができるとみられていたが、実は論理的思考が足りていないと評価されてしまうようなケースがあります。
越境学習は、ご自身の能力がより客観的に評価されることで“通用すること・通用しない能力”が明確にわかること、そして社外のより優秀な方を見て、自分自身の能力への気づきを得ていただく良い機会になると考えられます。
③自知
キャリアを紡いでいく上では価値観や動機、強みや弱みを知るといった自己理解が重要です。
自社内での仕事を通して知ることもできますが、組織には同質性があり、同じ能力や価値観を持った方が多い傾向にあります。
越境することにより、自社内では巡り合えない異質性のある他者に出会うことができ、その他者からの何気ない質問やフィードバックを通して、自己理解をより深めることができるでしょう。
自立とも関連しますが、他者を介して社内では取り立てるほどの能力ではないと思っていたけれども、実は強みだったり弱みだったりと気がつきます。
まとめると、越境学習では、自社以外の会社や組織に踏み出すことにより様々な選択肢を知ることができ、自己決定感が増すことにつながります。
また、社外の客観的な評価基準にさらされることにより、自身の通用する能力や足りていない能力を把握することができます。
さらに、社外の多様な人材と触れ合うことで、自身の価値観、強みや弱み、持ち味などに気が付くきっかけともなり、自律・自立・自知の3つ観点からキャリア自律につながることとなります。
越境学習の意外な?効果
さらに、当社が越境学習として異業種交流研修を展開していく中で、日々参加者のみなさまから意外な感想をいただくことがあります。ここでは、いただいた感想から読み取れる、(意外な?)効果を3つ紹介いたします。
①曖昧さへの耐性
当社の異業種交流研修(一部プログラムを除く)では、その場で初めて出会った他者の方とチームを組んでミッションに取り組んでいきます。
自社内の“当たり前”が通用しないメンバーと、大きく抽象的で答えのないテーマやミッションに取り組んでもらうため、とにかく“やってみないとわからない”という曖昧な世界に飛び込んでもらうこととなります。
はじめは曖昧さゆえに戸惑いもありますが、仮説を立て、アクションを起こし、検証というサイクルを回し、アウトプットを完成させる過程で曖昧さへの耐性が身についていきます。
自社内のオペレーション業務、定型業務であれば、取り組むべきことが明確であり、曖昧への耐性は特に必要はないでしょう。
一方で、新規事業を創造したり、誰も直面したことのない問題の解決に取り組まなければならないような際に、曖昧さへの耐性がなければなかなか行動に移ることができず、機を逸してしまうこともあると思われます。
そのため、変化の激しいこの時代で働く我々に、曖昧さへの耐性はとても重要であると考えています。
②自社愛・仕事への誇り
越境学習に取り組む目的として、自社の優秀人材のリテンションを意図されている企業もあります。
その反面、“他社(越境先)の方が魅力的だから転職します” “外で働いてみて、今の働き方に疑問を持ったから辞めます“といった方が出てくるのではないか、と不安に思われている人事の方もいらっしゃることかと思います。
上記のようなケースが起こらないとは断定できません。しかし、反対のケースが多く、
「自社の好ましくない点や課題、他社の魅力的な面や強みがよく分かった。ただ、外部の方と関わったことによって自社のこと改めて好きなのだということを再確認できました」
「実は、越境前は会社を辞めようかと思った。異業種交流研修に取り組む中で、自分の可能性にも気づけたし、会社の中でその強みを発揮できる余地にも気づけて、まだまだやれることはあると感じた」
といったお声を受講者から多くいただきます。
越境先での活動を通して、自社愛・仕事への誇りを再確認できる良い機会にもなるでしょう。
③学習性ワクワク感
学習性無力感という言葉があり、この言葉は自分の行動が結果に結びつかないことを何度も経験するうちに、どうせ何をやっても無意味だと感じてしまい、望ましい結果を得られる可能性がある場合でも自ら行動を起こさない状態を指します。
学習性無力感になぞらえて、越境学習では「学習性ワクワク感」を得ることができると考えています。
(注:学習性ワクワク感は本演者の造語です)
本来、新しいことを考えたり体験したりすることは、楽しいことであると考えています。
例えば、旅行で見知らぬ土地に行くことや、何をしようかを考えることは楽しいことですよね。
それと同じように、新しいことに取り組むこと、未来を創造すること、普段と関わらない人と関わることなどが、越境学習を通して面白いことだと感じてもらえると思っていますし、当社の異業種交流研修では新しいことへのチャレンジへの面白さを感じてもらえるように仕掛けています。
理想的な越境学習のつくり方
これまで、越境学習がキャリア自律に有効なのか?ということを解説してきました。
ここからは、どのようにすれば越境学習を効果的に導入できるのか、というテーマについて3つの観点からお話をしています。
①越境学習の「種類」を知り、無理なく導入を
越境学習の導入にあたっては、どのようなものがあるのかを知ることからはじめるとよいでしょう。
下図に、学習の種類をまとめていますが、越境学習は、第4の学びであると考えることができます。
従来からの学びの型であるOn The Job Training(OJT)、Off The Job Training(Off-JT)、自己啓発をそれぞれ第1、第2、第3の学びと捉え、それらに越境体験が掛け合わさることにより、第4の学びとなるという考え方です。
越境学習には、社外留学や異業種交流研修、ボランティア活動などいろいろな種類がありますが、ここで重要となるのが、すでにある社内の学びの形に越境という要素を取り入れることはできないか?という視点です。
急に長期間社外留学させたり、異業種交流研修に派遣させたりするなど一気に越境学習を推し進めると、社内の理解を得られずひずみが生じるケースが多々あります。
例えば、社内でのOJT一本のみで教育をしてきたところ、海外支社への駐在や子会社への出向などを取り入れたり、社内研修の一つを異業種交流型に変化させたりすることも、越境学習導入の立派な第1歩であると考えます。
各社の状況に応じて、すでにある学びに越境の要素を取り入れられるものはないか?と考えてみるところからはじめるとよいでしょう。
②ホームでの「内省」が重要
越境学習を導入したのちに重要となるのが、ホーム(自社内)での内省です。
組織行動学者のデイヴィッド・コルブ氏が提唱した「経験学習サイクル」という理論があります。
「大人が最も学ぶのは、研修や講義、書籍からの知識習得ではなく、自身の経験からである」という考え方です。
その一方で、同じ経験をしても「よく学ぶ人」と「あまり学ばない人」がいるのはなぜでしょうか。
この違いが生まれる理由としては、この経験学習サイクルを回すことができているか否かにあると言えます。
越境学習における経験学習サイクルを考えてみたいと思います。
越境体験は、貴重な積極的実践の場であり、一定期間内に取り組むミッションが与えられ、その取り組みに対する良し悪しの評価も下されます。
ミッションへの取り組み後は個人で内省を行うことも多いですが、他者と対話しながら(質問を交えながら)内省を行うと、新しい気づきや発見が生まれます。ぜひ、人事の方が良き内省相手となっていただければと思います。
そのためにも、当社の異業種交流研修に参加いただく企業の人事の方には、ホームタウンミーティングの開催を推奨しています。ホームタウンミーティングは、研修参加前、研修中、研修後それぞれのステップで実施いただくと効果的です。
参加前は研修派遣者に対して派遣の目的や意図を説明したり、意気込みを確認するなどの参加への動機づけを高めたりします。
研修中には進捗状況や現時点での気づきや学び、感想を尋ねたり、困り事や悩み事はないかといったフォローをします。
終了後はどのような学びが得られ、それをどのように活用していくのかといったことを引き出してあげたり、次の派遣者にどのようなメッセージを送るのかを尋ねたりして、内省の手助けをしましょう。
経験学習サイクルの最大の教えは、「経験からよく学ぶには、経験・内省・概念化・実践のサイクルを回すことが重要である」であり、越境学習でこの教えを実感していただければと思います。
❸ 越境の「風土」をつくろう
最後は、越境風土の醸成についてのお話です。
越境風土をつくっていくためには、小さい越境を始めて、少しずつ育んでいくことが重要になります。
越境風土の作り方の一例として、人事の越境から始めて、先駆者を越境させ、組織に越境風土の醸成していくことが挙げられます。
まずは、人事の方が小さく越境するところからスタートしてみではいかがでしょうか。
越境先での発見や学んだことを社内に還元して、越境者を増やしていくようイメージです。
弊社では、年に数回、不定期ではありますが人事交流会を実施していますので、ぜひ越境体験としてご参加いただければと思います。
他社の人事の方と情報交換を行い、自社に取り入れられる施策を検討するきっかけとしたり、ネットワーク作りのきっかけとしていただき、越境先での収穫を社内でPRしてみてください。
続いては先駆者を越境させる段階となります。先駆者の越境に当たっては4つのポイントがあります。
一つ目のポイントは、越境者を募るにあたっては手挙げと参加への後押しが重要という点です。
前向きな姿勢で越境学習に参加を望まれる方の方が、より多くの学びを得ることができると感じています。
一方で、新しい施策となると手を挙げることに尻込みしたり、悩んだりしている間に募集が終わってしまうということもあります、
そのため、人事の方が参加に向けて背中を押してあげるようなサポート、施策の周知など泥臭い取り組みの必要であると考えています。
丸井グループ様が、あらゆる人事施策を手挙げ制に変えて組織が変わっていったという事例もありますので、手挙げ制を導入することには大きなメリットもあります。
二つ目のポイントは、「アジリティ」と「発信力」がある方を越境させるとよいという点です。
アジリティは俊敏さがあり、かつ小回りが利くというような、なんでもやってみるというような姿勢です。
曖昧なミッションの中では、とにかくやってみないとわからないという状況が多いことから、まずはチャレンジしてみようという姿勢が重要になるためです。
また、他者を巻き込んでプロジェクトを進めていく機会も多いことから、発信力も必要となります。
加えて、越境学習後、自社内での越境体験インフルエンサーにもなっていただければと越境風土の醸成にも良い影響を与えてくれるでしょう。
三つの目のポイントは、ホームタウンミーティングが重要となるという点です。上述の通り、人事の方が越境者のよき「内省相手」になっていただければと考えています。
四つの目のポイントは、上司の理解は確実に得ておく必要があるという点です。理解を得られていない場合、“優秀な人材を勝手に研修に駆り出されてしまった”、“目的もわからない研修に長期間活かせて効果が出なかったらどうするんだ”といったような越境学習へのネガティブなイメージが残ってしまうこととなります。
人事の方が、各部門のキーマンとなる上司の方へ話を通していただければと考えています。
このような点に留意しつつ、先駆者を越境させ、以下の3点を実践しながら徐々に越境風土の醸成を図っていきます。
一つ目は、先駆者をインフルエンサーにするという点です。
越境者に対して、越境体験の情報を積極的に社内で発信するように依頼しましょう。
弊社のお取引先企業の中でも、異業種交流研修に参加した受講者が、次の受講者に向けてビデオメッセージを作ったという事例もありますが、人事の方から意図的に発信を依頼することも一つの手段だと考えられます。
二つ目は、今年と去年の参加者のコミュニティ形成のサポートをする点です。
後に続く越境者の不安を軽減させたり、実際の体験や得た学びを共有するなどして、前向きな姿勢をサポートすることにつながります。
また、越境者コミュニティの形成により、自主的な新しい取り組みが発生することも期待できます。
三つ目は、越境者に光を当てる点です。
会社の期待を背負って越境した方の活動を社内報で記事にしたり、活動報告会を実施したりすることで、越境者へのねぎらいと学びを自社内に還元することが重要となります。
越境学習は個人のキャリア自律にも有効ですが、組織にもたらす効果として、新しいことに挑戦する、ものごとを変えていく原動力となり、組織にイノベーションや変革をもたらす可能性もあります。
キャリア自律と組織変革のため、組織に越境する風土をづくりを行ってみてはいかがでしょうか。
以上、社員のキャリア自律促進のための実効性ある支援を実現するため、キャリア自律と越境学習について解説いたしました。
当社では、現在6つの異業種交流研修のコースを展開しています。また、異業種交流研修以外にも長年の人材育成支援で培ってきた様々な事例・実績がございますので、各社様のご状況に応じた最適なソリューションをご提案することが可能です。
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